第二子出産体験記【沖縄県立中部病院】③手術後から退院まで

手術の翌日、一人で歩けるようになれば、
尿管を外して、自分でトイレや入浴が可能になります。
また、赤ちゃんの授乳時間や、泣いたら呼ばれて新生児室に行かないといけなくなります。

痛み止めがあるとはいえ、
手術後数日はベットから起き上がるのに痛みを感じますが
赤ちゃんのために頑張るしかありません。

3時間おきに授乳となるため、
まとまった睡眠がきちんと取れませんが、
体力的に辛いときは助産師さんに言えば
授乳をせずミルクをあげて休ませてくれます。

私は一人目の出産後、母乳の出が悪く、母乳の量を増やすのに苦労したので、なるべく授乳するようにしていました。

沖縄県立中部病院では、産後赤ちゃんがNICU
に入っていなければ日中、10時から22時までは母子同室になります。

帝王切開の場合、手術の翌日、もしくはそれ以降から母子同室の部屋に移動になりますが、部屋の空き状況によります。
母子同室の場合、部屋で面会できるのは配偶者のみとなります。

母子同室の間は、新生児室に行く手間が省けますがずっと自分で面倒を見ないといけないので、中には赤ちゃんを新生児室に預けっぱなしの人もいるみたいです。

手術から2日目以降は、
助産師から新生児の世話に関することや、
家族計画についてのレクチャーが1時間ずつあります。
初産の人は沐浴の指導もあります。

こういったレクチャーや、検査、授乳、の切迫早産で入院していた時の暇さが嘘のように慌ただしく時間が過ぎていきました。

帝王切開の人は手術から5日目から退院可能で、最大7日目まで入院できます。
本人の希望と術後の状態で決まるみたいです。
私は上の子が心配だったし、病院での生活に飽きていてなるべく早く退院したかったので、5日目で退院しました。

私のように初産出ない人は5日目で退院する人もいるみたいですが、7日目までいる人が多そうでした。

退院時に驚いたのが、、、

出産費用が安い❗

さすが、公立!!

なんと、出産費用だけだと30万以下に収まりました。

出産手当金の42万円との差額は
保険組合に申請するともらえることになります。

前の個人病院の時も、42万以内に収まって差額をもらうことができましたが
それでも40万円は超えていたと思います。

約12万円、貰えるというのは切迫早産で入院費がかかったので、大変ありがたい!

サービスは個人病院のように良くないものの、
これだけ安いとしょうがないな、という気になりました。

第二子出産体験記【沖縄県立中部病院】②帝王切開手術の日編

手術日当日は、6時頃から看護師さんが回ってきて、体温や血圧等を測ります。

6時半頃、点滴のための針を入れるので、それまでならシャワーを浴びていい事になっています。

手術の翌日まではシャワーを浴びられないので、
私も急いでシャワーを浴びました。

そして、絶飲絶食なので栄養補給?のための点滴を8時頃から行います。

私の手術は、その日の3例目。
中部病院では1例目は8時半からとなっていますが、その後の手術は前の手術が終わり次第始まるので時間が読めません。
また、緊急のオペが入ると後回しにされてしまいます。

3例目は14時頃から始まることが多いので
家族は12時頃来ればいいんじゃないかな、なんて言われてましたが
11時を過ぎた頃、看護師さんが慌ててやってきて

「あと20分で手術始めるって!!」

と手術室に行く準備を始めました。

私は急いで主人に連絡。
主人は私が手術に向かう前に病院に到着できませんでした。

手術室に行くときは、部屋からベットで運ばれます。
ベットで運んでもらう経験なんてあまりないので、手術が始まるんだ!という感じがして私は少し緊張していました。

手術室に入ると、手術着の様なものに着替えさせられて、
手術台の上に乗せられます。
手術室にはお医者さんやらがたくさんいて、私は横たわっているだけで、着換えやベットからの移動もその人達がやってくれました。

そして処置の開始。
最初は麻酔科の先生が背中から麻酔をしてくれます。
横向きになって背中を丸めるように言われるのですが
漫画「コウノトリ」で同じようなシーンがあったな、と思い出しました。そして一回目の帝王切開の時も同じこと思ったなーなんて思いました。

その後は麻酔が効いているか確認されて、帝王切開の手術に入ります。
一回目の帝王切開の時と違うと思ったのは、手術室にいる人がやたら多い。。。

一人目の子を個人病院で帝王切開した時は、産婦人科のお医者さん2人、助産師さん数人だったのでせいぜい5~6人しか手術室にはいませんでした。

今回は総合病院ならではだと思いますが、産婦人科、麻酔科、NICUの先生が数人ずつ、誰だかわからない人、おそらく新人の医師、研修医らではないかと思いますが、総勢20人くらいいたように思います。

若い人が、気を使って「大丈夫ですよー」と声をかけてくれるのですが

内心、

誰だこの人...?

と思っていました。

まあ、人がたくさんいると、
何かあったときにいろいろサポートしてくれる様な気がして
安心感はあります。

そして執刀医は、外来で担当していたベテラン医師と、入院中によく診察してくれた20代後半くらいの若い女の先生。

実際には、ベテラン医師の監督の元、若い女の先生が執刀しているようでした。

そして手術中に聞こえる二人の会話。

ベテラン医師「おい、斜めに(メスを)入れるなって言ってるだろ!」

「だーかーらー、何回も言わせるなよ、斜めに入れるなって!だから(メスが)入らないんだよ!」

などと、指導の様子が丸わかり。

っていうか、この女の先生大丈夫?と心配になるくらい。

ベテラン医師を信じて早く手術が無事に終わることを願っていました。

個人病院で帝王切開をした時はベテラン医師2人がさっさと手術をしてくれたので30分くらいで終わりましたが、
今回は1時間くらいかかったような気がします。

赤ちゃんが出てきて、元気な泣き声が聞こえた時は涙が出るくらいホッとしました。

赤ちゃんはNICUの医師たちが受け取り、
状態を確認すると私のところまで赤ちゃんを見せに来てくれました。
少しだけ触ることもできました。
そして、
「健康上問題なさそうなので、NICUでなくて新生児室に連れていにますね。」
と言って、NICUの人達は赤ちゃんを連れて去っていきました。

赤ちゃんが出た後も、後処理が続きます。
先生達のやり取りから、
胎盤を取り出したり、ガーゼの枚数を念入りに数えたりしているのはわかりましたが
内蔵をグリグリ触られているような感覚がして
一時期軽い吐き気のようなものがして

「絶飲絶食してなかったら吐いてたな。。。」

なんて思っていました。

最後の縫合は結構時間がかかっており、
ベテラン医師は縫合の最中に

「今、傷口きれいに縫ってますからねー、僕は先に失礼しますね」

といなくなってしまいましたが
若い女の先生と、他の先生らしき人が時間をかけて丁寧に縫ってくれました。

ちなみに、傷口は黒い溶ける糸で縫合しているため、抜糸はありません。
ただ、一回目の手術の跡より、傷口が大きくなっていました(涙)

手術が終わると部屋までベットで運ばれ
点滴、足を圧迫して浮腫みを防ぐ装置、
痛み止めの麻酔などが部屋でできるよう設置されます。
12時前に手術室に向かいましたが、部屋に戻ってきたのは13時半頃でした。

手術後すぐは麻酔の影響で下半身は動きません。また飲食も禁止となっています。

この病院では、手術後6時間後から歩行開始&水分摂取可能、12時間後から食事可能となります。

術後は興奮からか?目が冴えていて
あと○時間で赤ちゃんに会える!
あと○時間でごはんが食べられる!
とベットの上でカウントダウンしながら過ごしていました。

それまで頻繁に看護師さんが来て、
体温、血圧、出血の量などを確認してくれたり
床ずれを防ぐために向きを替えてくれたり
体を拭いてくれたりします。

私は6時間後の歩行開始の時は、まだ左足の感覚がなくて歩ける状態ではなかったため、
看護師さんにサポートされながら
車椅子で新生児室に行き、赤ちゃんに会うことができました❗

赤ちゃんを抱っこし、写真をたくさん撮り、部屋に戻って眠りに付きました。

長い1日が終わりました。

第二子出産体験記【沖縄県立中部病院】①前日入院編

    先日、予定帝王切開で無事に出産しました!!

    その時の記録です。

    まずは前日の入院編。

    沖縄県立中部病院の場合。

    予定帝王切開のだと、前日からの入院となります。

    しかも、朝の11時には病院に行かなくてはなりません。

    入院の事務手続きを済ませて、病棟に行きます。

    お昼ごはんは出ないので、持参しなくてはなりません。

    (お昼出ないなら午後からの入院にしてよと思ったのは私だけではないはず。。)

    部屋は基本的に4人部屋。

    カーテンで仕切られていますが

    他の入院患者さんと看護師さんらの会話が丸聞こえなので

    プライバシーはあまりないです。

    部屋に案内されて荷物の整理が終わり

    ひと通り入院の説明を受けると

    NSTモニターをつけて、お腹の張り具合と赤ちゃんの状況をチェック。

    その後、お医者さんの手が空いた時間に

    内診やエコーをします。

    それ以外に、看護師さんが血圧、脈、体温の確認に来たり、必要があればお腹を切る部分の毛を剃ってくれます。

    また、麻酔科の先生から麻酔に関する説明があり、同意書にサインをする必要があります。

    麻酔のこと以外にも、手術に関する同意書いくつかにサインさせられます。

    内診、エコー、同意書の記入等が終わってしまえば後は基本的に自由。

    シャワーは22時まで自由に入れますが、

    4人部屋が7部屋あるので入院患者が最大28人いることになりますが、
    3つしかシャワーがありません。

    争奪戦です。

    余裕を持って入ることをお勧めします。

    18時に夕食。

    22時に消灯。

    そして24時から絶飲絶食。飲食禁止。

    食欲旺盛な私は、手術までお腹がすいて大変だと思い

    持参したカップラーメンを23:30からコソコソと食べました。

    流石に部屋では食べる勇気がなかったので

    共有の広場のようなところで食べました。

    ちなみに、この病院は電子レンジとお湯は自由に使えるようになっていますが

    ポットは21時以降コンセントを抜くことになっているらしく

    私は勝手にコンセントを繋いでお湯を再沸騰させました。。。

    夜食を食べた後は就寝。

    入イユ前日にあまり寝れなかったせいか、まあまあ眠ることができました。

    手術当日編に続く。

帝王切開の手術一週間前に2歳の娘がインフルエンザに!

予定帝王切開の手術日まで、残り6日というところで、娘がインフルエンザのA型にかかってしまいました。

保育園ではインフルエンザの感染者が数名出ていたらしい。

保育園から熱があるから迎えに来てと連絡があった時は、37.8度の熱。家に帰ってきて再度検温すると37.3度。

その後、夜中に熱が38度を超えたので翌朝病院を受診。お医者さんに診てもらうときは元気で、喉が腫れているだけで、風邪の症状に見えるけど念のため。。。と調べてもらうとインフルエンザA型との判定。

タミフルを処方されました。

病院から言われたのが、

「熱が下がってから5日間は登園しないで下さい。」

とのこと。

来週から出産で入院するのに保育園に預けられない。。。

そもそも、私に感染ったら手術どうなっちゃうの。。。

と頭の中をいろんな不安が過ぎります。

とりあえず保育園に電話して報告すると、保育園の規則では熱が下がってから3日経てば登園してもいいという事になっているとのこと。

その後、産婦人科に連絡すると、インフルエンザの予防薬を処方するので来てください、と言われました。インフルエンザにかかったら手術はできません。と言われました。

インフルエンザの予防薬があるなんて!!
通っている産婦人科は遠くて行くのが大変だったので、近所の空いてる内科で「リレンザ」という吸引する薬を処方してもらいました。
妊婦にも問題なく飲める薬ということです。
家族で感染者が出たら処方してもらえるらしい。
インターネットでは、予防薬は保険の適用にならないとありましたが、保険適用になってました。

とりあえずそれを飲みながら様子を見る事に。

幸い、娘の症状は軽くて、咳と鼻水の症状はあるものの熱はすぐ下がり2日後には元気いっぱいに。

私としては、出産直前は家の片付けをして赤ちゃんを迎え入れる準備をするつもりだったけど、娘の相手をしないといけず最低限の事しかできず。

そして驚いたのは、娘の赤ちゃん返り?がとてもすごい!!体調が悪いからなのか、もうすぐ弟が生まれるというのを感じ取っているのかわからないけど、ごはんも途中から食べさせてと甘えたり、頻繁に抱っこをねだってきたり、突然機嫌が悪くなって気を引くような事をしたり。

娘がインフルエンザに罹ったのは、赤ちゃんが生まれる前にママにたくさん甘えたかったから?最後の執念?と思ってしまう程でした。

まあ、最低限の準備はできたし、娘と最後の時間を過ごせたし、これで思い残すことなく?出産に臨むことができると前向きに考えたいと思います!

娘の叫び「赤ちゃんいらない」

切迫早産から退院して2週間程過ぎた頃。

30週での検診で切迫早産の診断で急遽入院

切迫早産、33週4日で退院。

仕事に行かなくていいので、穏やかに過ごしていました。

仕事をしていた時は2歳でイヤイヤ期真っ只中の娘にイライラする事も良くありましたが
退院後は、仕事に行かなくていいので私の気持ちに余裕があったのと
心なしか娘のイヤイヤが落ち着いていたので
私としては娘もママと過ごせて精神的に満たされていると思っていました。

ところが。

ちょうど正期産に入る頃、寝かし付けをしていて
そろそろ寝るなと思っていた頃に
何故か癇癪を起こす娘。

「いらない!いらない!」

を繰り返し叫ぶのですが
何がいらないのか、何で突然癇癪を起こすのかさっぱりわからず。

眠いけど眠れなくてイライラしているのかなと思っていたのですが

「どうしたの?何がいらないの?」

と繰り返し聞くと

「赤ちゃんいらない!!」

と言ったのです。

突然の「赤ちゃんいらない」発言に、なんだか私の方が涙が出てきてしまいました。

真相はわかりませんが、
娘はきっと
私のお腹が大きくなっていって
入院して家にいなかったり
これまで私がしていた
保育園のお迎えやお風呂に一緒に入るのを
主人にお願いしたりしていたので
漠然とした不安を抱えていて
それでも、子どもながらに気を使って、いい子でいたのかもしれません。

それに気づけず、
退院して帰ってきたらいい子になっていた!
と単純に考えていた私の不甲斐なさ。。。

切迫早産で入院している間に娘のポーランド語が上達!?

翌日からは、残り少ない娘と二人きりの時間を大切にするようにしました。
また、やり過ぎかというくらい、スキンシップをするようにしています。
寝る時には
「ママ、〇〇のこと大好きー!!」と言ってぎゅっーと抱きしめたり。

すると娘は
「ママは、〇〇(娘の名前)のママ??」
と確認するように聞いてくるようになりました。

そうだよ、
「〇〇のママだよー❗」
と言うと、嬉しそうに
「〇〇のママー♥」
と言ってくれます。

ママが赤ちゃんのものになってしまう、不安があったのかもしれません。

「赤ちゃんいらない」発言はその時の一回きりです。

本人はもしかしたら、そんなに深く考えずに発言していたのかもしれませんが
残り数週間の娘との時間を大切にしよう、
赤ちゃんが産まれても、娘の気持ちを優先して生活できるように可能な限りやってみよう、
改めてそう思わせてくれる出来事になりました。