一人目は混合だった私が二人目はほぼ完母になるためにやった事

私は一人目を出産する前、母乳育児を頑張るぞと情報収集していました。

しかし出産後、乳腺の開通までに時間がかかり、退院するまでに1〜2本くらいしか乳腺が開通しておらず、ほぼミルクに頼っている状態。

退院後もいろいろ努力しましたが、結局母乳とミルク半々くらいの混合に落ち着きました。

そんな私ですが、二人目はほぼ完母で育てています。寝かしつけは夫がしていて、ミルクがある方が寝てくれるので、寝る前にだけミルクを上げています。助産師さんからは、ミルク要らないんじゃない?と言われるくらい、母乳で足りています。

そんな私が、ほぼ完母にするために努力したことはこちら。

①出産直後から乳頭を刺激するマッサージを自分で行う

一人目の出産の時、母乳が出なくて悩んでいた私が助産師に言われた言葉がこちら。

「赤ちゃんに母乳を出させようと頼ってちゃダメよ!お母さんも努力しなきゃ!!母乳が出るまで、授乳・睡眠中以外はマッサージするくらいやらないと!!」

この言葉を思い出し、帝王切開で出産してまだ動けないときから乳頭を刺激するマッサージを始め、母乳量がある程度安定するまで行っていました。

「乳頭マッサージ」で検索するといろいろ出てきますが、私は指4本で乳輪の外側をつまむようにマッサージしていました。

②頻回授乳

入院中は母子同室じゃなかったのでできませんでしたが、家に帰ってからは泣いたら取りあえず授乳してました。

何回授乳したか、きちんと数えていませんが3ヶ月くらいは10回以上はしていたと思います。

おっぱいをあげていれば大人しかったし、携帯見ながらの授乳は楽ちんだったので、ぐずったらおっぱい、でした。

③搾乳する

友人が搾乳して母乳量を増やし完母になったの聞いたので、帝王切開後、動けるようになってからすぐ搾乳を始めました。

授乳後、残った母乳を絞り出すようなイメージです。入院中は1日数回、寝れないときに搾乳していました。家に帰ってからは頻回授乳をしていたので1日1回とか、そんなもんです。
子どもが1ヶ月になる頃までやりました。

④水分をたくさん摂取する

一人目を産んだ病院でよく水分を取りなさいと言われていたので、最初の1ヶ月は、意識的に水分を大量に摂取していました。授乳の前か後にコップ2杯を飲むようにしていました。

⑤3食+間食、体型を戻すことは忘れる

一人目の時、桶谷式の母乳マッサージをしている助産師さんからのアドバイス。昼食と晩ごはんの間にサンドイッチ、おにぎりなど炭水化物の間食を取りなさいとの事。昼食と晩ごはんの間じゃなくてもいいみたいです。

毎日間食をしていた訳ではないですが、可能な時は残ったごはんを温めてふりかけをかけて食べたりしていました。

また、3食食べる時も自分の食欲に素直に、かなりの量を食べていました。(現在進行中)

⑥母乳が湧いてくるのを感じたらすぐ授乳する

これも桶谷式のマッサージをしている助産師さんに言われたんですが、右のおっぱいから授乳していて左のおっぱいから母乳が湧いてくると感じたら、一旦右からの授乳を止めて左のおっぱいを吸わせなさいとのことでした。

理由はよくわかりません(笑)

あと、赤ちゃんが欲してなくても、母乳が湧いてくると感じたら、吸わせてました。

上記①〜⑥を確実にやりつつ、可能な限り体を冷やさない、気が向いたときにおっぱい(乳房の基底部)マッサージ、をしていました。

1ヶ月くらい頑張ったら、母乳育児が軌道に乗ってきたように感じたので、マッサージや搾乳はやめました。

母乳育児が一番楽だなーと思ったのは、夜中に赤ちゃんがおきた時にミルクを作らないでもいいこと!

おっぱい出して授乳したら自然にコロンと寝てくれるので楽ですねー。一人目のときは授乳して、足りないから大泣きされ、ミルク作っている間は放置しないといけないから更に大泣き。。。なのでミルク飲んでも興奮してすぐには寝てくれず。。。と悪循環だったような。。。

この記事が母乳育児で悩んでいる方の役に立ちますように!

涙が出そうなくらい嬉しかった、娘からの「ママ大好き」

赤ちゃん返り真っ只中の、二歳半の娘。

もうすぐ4ヶ月になる弟にママを取られて不満そうな時や、

寝かしつけで2人だけの時などに

「ママ、○○のこと大好き!ぎゅっぎゅっー!!」

と言って抱きしめています。

そうすると娘は、満足そうに無言でニヤニヤしています。

それが今日、下の子の授乳中に突然娘が

「ママ、大好き!」

と言ってきたのです。

不意打ち過ぎて、ビックリしたものの、

「そうやって言ってくれるとママうれしー!

ママも〇〇のこと、大好きー」

と言うと、娘はいつものようにニヤニヤしていました。

そして、寝かしつけで娘の体に手を回しているときも

娘の方から

「ママ、大好きー!」

と言ってくれました。

なんだか、恋人同士のよう。

主人からこんな甘い言葉はかけてもらえません(笑)

ちょっぴりドキドキしてしまいました(*ノω・*)テヘ

そして、2年半育ててきたいろいろな思い出が蘇ってきました。

赤ちゃんの時に私が抱っこしても泣き止まないのに

他の人が抱っこすると泣き止んで

母親として認識されてるか不安になったこと。

言う事を聞いてくれなくてイライラして怒鳴ってしまったこと。

ママ、大好きって言っていいんだよ?と

冗談で言ったら照れて無視されたこと。

初めての子育てで悩んだり不安もあったけど

今日、「ママ大好き」って言われて

私も「ママも〇〇のこと大好きー」と言って抱きしめて

この子のために頑張ろう。

この子がいてくれて良かった。

無償の愛ってこういう事なのかな。

この子は私の宝物。

なんて思ったのでした。

イヤイヤ期&赤ちゃん返りで大変なこともあるけど

今日の事を思い出したら乗り越えられる。

娘は、もっと私の愛を確かめたくてそう言ったはずなので

ちゃんと向き合ってあげよう。

これから大きくなってティーンエイジャーになって、

ババァうぜぇ、とか言われても

今日の事を思い出したら、きっと頑張れる。

その位、嬉しい出来事でした♥

第二子出産体験記【沖縄県立中部病院】③手術後から退院まで

手術の翌日、一人で歩けるようになれば、
尿管を外して、自分でトイレや入浴が可能になります。
また、赤ちゃんの授乳時間や、泣いたら呼ばれて新生児室に行かないといけなくなります。

痛み止めがあるとはいえ、
手術後数日はベットから起き上がるのに痛みを感じますが
赤ちゃんのために頑張るしかありません。

3時間おきに授乳となるため、
まとまった睡眠がきちんと取れませんが、
体力的に辛いときは助産師さんに言えば
授乳をせずミルクをあげて休ませてくれます。

私は一人目の出産後、母乳の出が悪く、母乳の量を増やすのに苦労したので、なるべく授乳するようにしていました。

沖縄県立中部病院では、産後赤ちゃんがNICU
に入っていなければ日中、10時から22時までは母子同室になります。

帝王切開の場合、手術の翌日、もしくはそれ以降から母子同室の部屋に移動になりますが、部屋の空き状況によります。
母子同室の場合、部屋で面会できるのは配偶者のみとなります。

母子同室の間は、新生児室に行く手間が省けますがずっと自分で面倒を見ないといけないので、中には赤ちゃんを新生児室に預けっぱなしの人もいるみたいです。

手術から2日目以降は、
助産師から新生児の世話に関することや、
家族計画についてのレクチャーが1時間ずつあります。
初産の人は沐浴の指導もあります。

こういったレクチャーや、検査、授乳、の切迫早産で入院していた時の暇さが嘘のように慌ただしく時間が過ぎていきました。

帝王切開の人は手術から5日目から退院可能で、最大7日目まで入院できます。
本人の希望と術後の状態で決まるみたいです。
私は上の子が心配だったし、病院での生活に飽きていてなるべく早く退院したかったので、5日目で退院しました。

私のように初産出ない人は5日目で退院する人もいるみたいですが、7日目までいる人が多そうでした。

退院時に驚いたのが、、、

出産費用が安い❗

さすが、公立!!

なんと、出産費用だけだと30万以下に収まりました。

出産手当金の42万円との差額は
保険組合に申請するともらえることになります。

前の個人病院の時も、42万以内に収まって差額をもらうことができましたが
それでも40万円は超えていたと思います。

約12万円、貰えるというのは切迫早産で入院費がかかったので、大変ありがたい!

サービスは個人病院のように良くないものの、
これだけ安いとしょうがないな、という気になりました。

2歳児の娘、激しく赤ちゃん返り

出産して退院後、赤ちゃんを連れて自宅に戻ったら
楽しみにしていた事の1つが、娘の反応。

病院は15歳以下の子どもは周産期センターに入れなかったので自宅で初対面。

妊娠中はお腹に赤ちゃんがいて、弟だよー!
と繰り返し伝えており、
娘も私のお腹を指さして、

「〇〇(娘の名前)のおとうと!!」

と、言うことも頻繁にあり
「弟」の意味がわかっているかは謎でしたが
赤ちゃんが産まれるという状況は理解してくれているように見えました。

そして退院して自宅に戻り、
娘が保育園から帰って赤ちゃんだよー、と伝えると
娘は動じることなく冷静に?
お気に入りのクマさんのぬいぐるみを見せて、

「見て、くまさん!!」

と赤ちゃんに伝えたのでした。

思ったよりリアクションが薄かったので
その場にいた私と主人と私の母親はなんだ、こんなもんかと思ったり。

しかしその後、娘の様子がだんだんおかしくなっていきました。

自分の家にいる、大人達の注目の的である謎の存在。

初めて見る、授乳の様子。

謎の物体、哺乳瓶。
(本人も哺乳瓶でミルクを飲んでいたけど忘れていた)

私に抱っこをせがんで、ちょっと待ってと言うと大泣きしたと思えば

私が娘を抱っこしようとすると、ママいやーーーー!!!!と大泣きしたり。

「ごはんはママの膝の上で食べる!」

「赤ちゃん置いといて!〇〇(娘の名前)のママ!!」

ちょっとした事で大泣きし、暴れ、手がつけられない程に。

しばらくこの状態が続いたのでした。

娘が苦しんでいるのを見るのは私も辛かったです。

このままではまずいと思いネットでいろいろ調べたところ

上の子にとって、母親が赤ちゃんを連れて帰ってくるのは

旦那が若い女を連れて帰ってきて
これから一緒に住むから。と言っているようなものだとか。

そりゃ、ジェラシー剥き出しにするのもわかる!

なので、上の子が母親にとって一番大事な存在であると感じてもらえるように

★とにかく上の子を優先すること!
★赤ちゃん返りを許容してあげること。

といろんな記事に描いてありました。

なので、それを可能な限り実践。

下の子が泣いていても、上の子がママ抱っこと言えばそれに従う。

誰かに下の子を見てもらえる時は、

上の子を連れて散歩に行ったり。

今まで夫と歩いて保育園に行っていたのに

ママがいい!!ということだったので、私が送っていきました。しかも抱っこで。

また、おしゃぶりや哺乳便を使いたいと言ったので

本人が使っていた古いものを渡して

思う存分使ってもらいました。

そうすると、すこーしづつ。
本当に少しずつですが、一週間程度で癇癪や、暴れるのは落ち着きました。

まだまだ甘えるのは継続中。

いつまで続くのか、心配ではありますが

きっと今は、人生の子育てフェーズの中で、

一番大変な時なんだろうなーと。

何年かして、

あの時の2人育児は本当に大変だった!

って思い出してしみじみする時が来るんだろうなーと。

子ども達が親から離れて行ったら

あの時は二人でママを取り合ってたのにねー

なんて懐かしむ時が来るんだろうなー。

そう思うと、今のこの大変な時期も愛おしく感じます。

2人のかーちゃん、頑張るぞぉ!

第二子出産体験記【沖縄県立中部病院】②帝王切開手術の日編

手術日当日は、6時頃から看護師さんが回ってきて、体温や血圧等を測ります。

6時半頃、点滴のための針を入れるので、それまでならシャワーを浴びていい事になっています。

手術の翌日まではシャワーを浴びられないので、
私も急いでシャワーを浴びました。

そして、絶飲絶食なので栄養補給?のための点滴を8時頃から行います。

私の手術は、その日の3例目。
中部病院では1例目は8時半からとなっていますが、その後の手術は前の手術が終わり次第始まるので時間が読めません。
また、緊急のオペが入ると後回しにされてしまいます。

3例目は14時頃から始まることが多いので
家族は12時頃来ればいいんじゃないかな、なんて言われてましたが
11時を過ぎた頃、看護師さんが慌ててやってきて

「あと20分で手術始めるって!!」

と手術室に行く準備を始めました。

私は急いで主人に連絡。
主人は私が手術に向かう前に病院に到着できませんでした。

手術室に行くときは、部屋からベットで運ばれます。
ベットで運んでもらう経験なんてあまりないので、手術が始まるんだ!という感じがして私は少し緊張していました。

手術室に入ると、手術着の様なものに着替えさせられて、
手術台の上に乗せられます。
手術室にはお医者さんやらがたくさんいて、私は横たわっているだけで、着換えやベットからの移動もその人達がやってくれました。

そして処置の開始。
最初は麻酔科の先生が背中から麻酔をしてくれます。
横向きになって背中を丸めるように言われるのですが
漫画「コウノトリ」で同じようなシーンがあったな、と思い出しました。そして一回目の帝王切開の時も同じこと思ったなーなんて思いました。

その後は麻酔が効いているか確認されて、帝王切開の手術に入ります。
一回目の帝王切開の時と違うと思ったのは、手術室にいる人がやたら多い。。。

一人目の子を個人病院で帝王切開した時は、産婦人科のお医者さん2人、助産師さん数人だったのでせいぜい5~6人しか手術室にはいませんでした。

今回は総合病院ならではだと思いますが、産婦人科、麻酔科、NICUの先生が数人ずつ、誰だかわからない人、おそらく新人の医師、研修医らではないかと思いますが、総勢20人くらいいたように思います。

若い人が、気を使って「大丈夫ですよー」と声をかけてくれるのですが

内心、

誰だこの人...?

と思っていました。

まあ、人がたくさんいると、
何かあったときにいろいろサポートしてくれる様な気がして
安心感はあります。

そして執刀医は、外来で担当していたベテラン医師と、入院中によく診察してくれた20代後半くらいの若い女の先生。

実際には、ベテラン医師の監督の元、若い女の先生が執刀しているようでした。

そして手術中に聞こえる二人の会話。

ベテラン医師「おい、斜めに(メスを)入れるなって言ってるだろ!」

「だーかーらー、何回も言わせるなよ、斜めに入れるなって!だから(メスが)入らないんだよ!」

などと、指導の様子が丸わかり。

っていうか、この女の先生大丈夫?と心配になるくらい。

ベテラン医師を信じて早く手術が無事に終わることを願っていました。

個人病院で帝王切開をした時はベテラン医師2人がさっさと手術をしてくれたので30分くらいで終わりましたが、
今回は1時間くらいかかったような気がします。

赤ちゃんが出てきて、元気な泣き声が聞こえた時は涙が出るくらいホッとしました。

赤ちゃんはNICUの医師たちが受け取り、
状態を確認すると私のところまで赤ちゃんを見せに来てくれました。
少しだけ触ることもできました。
そして、
「健康上問題なさそうなので、NICUでなくて新生児室に連れていにますね。」
と言って、NICUの人達は赤ちゃんを連れて去っていきました。

赤ちゃんが出た後も、後処理が続きます。
先生達のやり取りから、
胎盤を取り出したり、ガーゼの枚数を念入りに数えたりしているのはわかりましたが
内蔵をグリグリ触られているような感覚がして
一時期軽い吐き気のようなものがして

「絶飲絶食してなかったら吐いてたな。。。」

なんて思っていました。

最後の縫合は結構時間がかかっており、
ベテラン医師は縫合の最中に

「今、傷口きれいに縫ってますからねー、僕は先に失礼しますね」

といなくなってしまいましたが
若い女の先生と、他の先生らしき人が時間をかけて丁寧に縫ってくれました。

ちなみに、傷口は黒い溶ける糸で縫合しているため、抜糸はありません。
ただ、一回目の手術の跡より、傷口が大きくなっていました(涙)

手術が終わると部屋までベットで運ばれ
点滴、足を圧迫して浮腫みを防ぐ装置、
痛み止めの麻酔などが部屋でできるよう設置されます。
12時前に手術室に向かいましたが、部屋に戻ってきたのは13時半頃でした。

手術後すぐは麻酔の影響で下半身は動きません。また飲食も禁止となっています。

この病院では、手術後6時間後から歩行開始&水分摂取可能、12時間後から食事可能となります。

術後は興奮からか?目が冴えていて
あと○時間で赤ちゃんに会える!
あと○時間でごはんが食べられる!
とベットの上でカウントダウンしながら過ごしていました。

それまで頻繁に看護師さんが来て、
体温、血圧、出血の量などを確認してくれたり
床ずれを防ぐために向きを替えてくれたり
体を拭いてくれたりします。

私は6時間後の歩行開始の時は、まだ左足の感覚がなくて歩ける状態ではなかったため、
看護師さんにサポートされながら
車椅子で新生児室に行き、赤ちゃんに会うことができました❗

赤ちゃんを抱っこし、写真をたくさん撮り、部屋に戻って眠りに付きました。

長い1日が終わりました。